比べるのをやめたら、毎日が少し軽くなった
SNSを開く。誰かの旅行写真が流れてくる。誰かの昇進報告が流れてくる。誰かのきれいなボディの写真が流れてくる。ぼんやり眺めながら、気づいたら自分と比べてた。
「私はまだこんなとこにいるのに」「あの子のほうがぜんぜんキレイだし」「なんで私だけ…」——そういう声が頭の中でぐるぐる回る。それが毎日続いてた、ちょっと前の私の話です。今日は、その沼からどうやって抜け出したかを書いてみます。
比べることが、いつの間にか習慣になっていた
私には、学生時代からずっと仲の良かった友達がいるんですが(仮にAちゃんとします)、この子がまあ、輝かしい人なんですよ。容姿も頭も良くて、誰からも好かれる。大人になってからもどんどんキラキラしていった。
彼女が先に結婚したとき、私は「おめでとう!」って笑顔で言いながら、心のどこかがキュッとなった。「なんで私じゃないんだろう」って、正直思ったんです。最低だよね。でも、それが本音だったんですよ。
SNSが普及してからは、もっとひどくなりました。Aちゃんだけじゃなくて、まったく知らない誰かとも比べるようになって。ダイエット成功報告を見ては「やっぱり私ってだめだな」って思い、おしゃれな部屋の写真を見ては「私の生活、貧相だな」って思う。毎日毎日、自分の「足りないもの」を探すような生活をしていたんですよね。
しんどいと思っていなかったんです、そのときは。それが当たり前になっていたから。「みんなそういうもんでしょ」「これが普通の感覚でしょ」って思い込んでた。でも今思えば、あれってかなり疲弊してたんですよね。毎日毎日、自分を減点しながら生きてたわけだから。
「比べることは向上心の証拠だ」という大前提を疑う

ずっと信じてたことがあって。「人と比べるのは悪いことじゃない。向上心があるからこそ比べるんだ」って。周りもそう言ってたし、自己啓発本にもそういうことが書いてあったりして、なんとなくそれを疑わなかった。
比べることが成長のモチベーションになる——これ自体は正しいんです。正しい。でもね…。
あるとき、気づいたんです。私の「比べる」は、全然成長に向かっていなかった。成長どころか、比べるたびに「どうせ私なんか」ってなって、むしろ萎縮してた。「よし、私も頑張ろう!」じゃなくて「私はもうだめだ」の方向に、ひたすら向かってた。これって向上心? ただの消耗じゃないですか。
比べることが「ガソリン」になる人もいると思います。でも私の場合は、比べることが「毒」だったんです。それに気づいたのが、最初の大きな転換点でした。「比べることは良いことだ」という大前提自体を、そもそも疑ってみる必要があったんですよね。疑うことすら、してなかったんですよ、それまで。
やめてみたら、まず「時間」が生まれた
比べることをやめると決めたのはいいけど、最初はどうすればいいかわかんなかったんですよね。「比べないようにしよう」って思えば思うほど、なぜか比べてる自分に気づくし。その繰り返しで、最初の1週間はわりとしんどかったです。
まずやってみたのはSNSを見る時間を減らすことでした。インスタを1日1回だけにしてみた。それだけで、驚くほど頭がスッキリしたんです。比べる材料が目に入らなければ、比べない。シンプルだけどこれが効きました。
SNSを見ない時間が増えると、その分、自分の目の前のことに集中できるんですよね。ごはんをちゃんとおいしいと感じる余裕が生まれたり、散歩しながらぼんやり考えごとをしたり、読みかけのまま積んでた本をひさしぶりに開いたり。「今日の自分」をちゃんと生きてる感じ、とでも言えばいいかな。
それまでいかに「他人の人生」を見ながら自分の時間を過ごしていたか、やめてみてはじめてわかりました。時間ってこんなにあったんだ、って。あの頃の私に言ってやりたいですよ、「その時間、もったいないよ」って。
「比べないようにがんばる」という地味な罠

これが私のやらかし話なんですが。「比べることをやめる!」と決意して、がんばって比べないようにしてた時期があったんです。誰かのいい話を聞くたびに「比べちゃいけない、比べちゃいけない」って心の中で念じてた。
でもこれ、かなり消耗するんですよ。「比べないようにしている自分」を常に監視してるわけで、ずーっと緊張してる状態なんですよね。比べることをやめたはずなのに、全然楽にならなかった。むしろ疲れてた(あっすみません、笑)。
気づいたのは、「比べないようにがんばる」より「比べたことに気づく」のほうがずっと楽だってこと。「あ、また比べてた」って、ただ観察する感じ。責めない。ただ気づく。それだけで、比べることへの執着がするする抜けていく感覚があったんです。
「比べることが悪い」じゃなくて、「比べることに気づける自分でいる」のほうが、ずっと長く続けられました。完璧にやめようとしなくていいんだって気づいたのが、もうひとつの大きな転換点でしたね。ハードルを下げたら、かえってうまくいった感じです。
比べる相手を「過去の自分」に変えてみた
比べることをゼロにするのは無理だって気づいてから、比べる相手を変えることにしたんです。他人じゃなくて、過去の自分と比べる。これ、シンプルだけどすごく効果がありました。
「去年の私より、肌の調子はいい?」「3年前の私より、自分のことをちょっとは好きになれてる?」——そういう問いかけをするようにしたら、「できていないこと」じゃなくて「できてきたこと」が見えてくるんですよね。
私の場合、3年前はほんとうに自己肯定感がボロボロで、鏡を見るのが嫌な時期があったんです。今は全然そんなことなくて、むしろ「まあそこそこ悪くないじゃん」くらいには思えてる。地味だけど、これってすごい成長じゃないですか? 他人と比べてたときは、こういう成長が一切見えてなかった。他人の「今」と自分の「今」しか比べてないから当然で。
過去の自分と比べると、時間軸の中でちゃんと自分の歩みが見えてきます。比べるなら、昨日の自分と比べればいい。それだけで、見える景色がぜんぜん変わるんですよ。「私、こんなに変わってたんだ」って気づくのが、じわじわ自信につながっていくんです。
比べることをやめたら、毎日が少し軽くなった——私の結論

「比べることをやめた」と言いつつ、今でも比べることはあります。正直に言うと。友達の話を聞いてうらやましくなることもあるし、SNSを見てため息が出ることだってある。完全にゼロにはなっていないんです。
でも以前との違いは「引きずらなくなった」こと。「うらやましいな」って思っても、そこで止まれるようになった。ぐるぐると頭の中で繰り返さなくなった。それだけで、ずいぶん楽になりましたよ。
比べること自体は、別に悪いことじゃないと思っています。問題は、比べることが「当たり前の呼吸」みたいになってしまうこと。無意識に、常に、疲れを感じながら、それでもやめられない状態——それが一番しんどいんです。
気づく。手放す。別のものを見る。この繰り返しで、毎日は少しずつ軽くなっていきました。劇的に変わったとか、悟りを開いたとか、そういうドラマチックな話じゃないんですけど。ちょっとずつ、ちょっとずつ、確実に軽くなっていった。私はそう感じています。
もし今、誰かと自分を比べて疲れているなら、まず「比べてたな」って気づくことから始めてみてください。やめようとしなくていいから、ただ気づく。それだけでいいんです。それだけで、何かが変わり始めるから。
