うちの玄関に盛り塩を置くようになったのは、数年前のことです。最初は「なんとなく運気が上がりそう」という、かなりふわっとした理由でした(正直に言うと本当にそれだけでした)。

ところがある日、ふと思ってしまったんですよ。「そもそも、なんで塩なの?」って。お清めに塩を使うのは日本の伝統として知っていたけれど、「なぜ塩でなければいけないのか」という根っこの部分を、まったく考えたことがなかった。調べ始めたら止まらなくなって、気づいたら中国の後宮の話にまで行き着いていたという……これ、かなり面白い話なんです。

「盛り塩 = 日本の文化」だと、ずっと思い込んでいた

私がそう思っていたのには、理由があります。相撲で力士が土俵に塩をまく映像、お葬式から帰ったときに玄関先で塩をかけてもらう習慣、神社でのお祓いに塩が使われること——全部が「日本的な光景」として記憶に刷り込まれていたからです。

神棚にお皿に盛った塩を供える習慣も、神道の文化として根付いていますよね。だから「塩 = 神道 = 日本固有の文化」と、なんとなく一直線に結びつけて考えていたわけです。

これ、半分は正しいんです。でも半分は、かなり大きな思い込みだったということがわかってきました。「盛り塩」という行為の起源をたどると、中国にまで行き着く。そして、その話の展開が想像の斜め上をいくくらいに面白くて、「え、そういうことだったの?」と声に出てしまいました。

古代中国の後宮から始まった? 塩をめぐるちょっと笑えるエピソード

盛り塩の歴史をたどったら、神道と中国の「意外な接点」が見えてきた話

中国に古くから伝わる逸話のひとつに、こんな話があります。

時代は古い中国の王朝。皇帝には数えきれないほどの妃がいて(どれだけいるの、という話ですが)、皇帝がどの妃のもとを訪れるかを「牛車」に決めさせていたという記録が残っています。牛が足を止めた場所の妃のもとへ行く、という仕組みです。なんというシステム……。

その中のある妃が考えました。「牛が自分の部屋の前で止まってくれれば、皇帝が来てくれる」と。で、その妃がとった行動が——部屋の入り口に塩を盛ること。牛が塩をなめようと自然に足を止めるように仕向けたわけです。これを知ったとき、思わず「賢い!」と声に出してしまいました(笑)。

この「門の前に塩を盛る」という行為が商家や一般家庭にも広まり、「客足を引き寄せるもの」「良いものを呼び込むもの」として定着した、というのが中国での盛り塩の一説です。ただ、これはあくまで「一説」であって、定説とは言い切れません。それ以外にも、道教や民間信仰の中で「塩には邪悪なものを退ける力がある」という考え方も古くから存在していて、盛り塩的な習慣が大陸に根付いていたのは確かなようなのです。

「招き寄せる」ための塩と、「追い払う」ための塩。中国の中だけでも、すでに二つの意味が混在していたんですよね。これが後々、日本に渡ってくることになります。

一方、日本の神道は「海の塩」をずっと神聖視してきた

中国の話と少し時間軸を並べながら、日本側も見ていきましょう。

日本の神道における塩の扱いは、中国とはまた別の文脈から来ています。神道では「海」そのものが神聖なものとして崇められてきました。古事記の「禊ぎ」の場面でも、イザナギが黄泉の国から帰ってきたあと海で体を清める描写があります。海 = 清める場所、という感覚が日本には根本から刻まれているんです。そこから生まれる塩も、当然、神聖なものとして扱われます。

実は「塩土老翁神(シオツチノオジ)」という塩の神様まで存在しているんですよ。日本書紀にも登場する、かなり重要な神様です。私はこれを知ったとき、「塩の神様がいるって、どれだけ塩を大切にしていたんだ」と素直に驚きました。伊勢神宮の祭りでも塩は欠かせない供え物として使われていて、神道における塩の位置づけは、単なる調味料をはるかに超えたものだったんです。

相撲で塩をまくのも、土俵という聖なる場を清めるためのお祓い。葬儀後に塩をかけるのも、死の穢れを祓うため。日本における塩の使い方は、全部「清める・祓う」という文脈で一本の線のように一貫しています。この点が、中国の「招き寄せる」文化とは、方向がちょっと違うんですよね。

神道と中国の塩文化が、海を越えて交わった場所

盛り塩の歴史をたどったら、神道と中国の「意外な接点」が見えてきた話

さて。整理すると——中国側には「招き寄せ・商売繁盛」としての塩の使い方があり、日本側には「清め・祓い」としての塩への信仰があった。どちらかが正しいとか、どちらかが本家とかではなく、出発点がそもそも違ったわけです。

それが交わったのはいつかというと、遣唐使の時代(630〜894年)から続く長い文化交流の中で、ということになります。仏教も儒教も漢字も食文化も、日本は大陸からたくさんのものを吸収してきましたよね。塩をめぐる風習も、そのひとつとして日本に流入してきたと考えるのが自然です。

面白いのはここからで、日本に入ってきた「塩を盛る」という行為が、中国的な意味(招き寄せ・繁栄)と、日本にもともとあった神道的な意味(清め・祓い)を両方引き継いで、独自の文化として育っていった可能性があるんです。

私がこれを知ったとき、「ああ、だから盛り塩の説明には『運気を引き寄せる』と『邪気を祓う』という二つが同時に出てくるんだ」と、すとんと腑に落ちました。矛盾しているように見えて、実はルーツが二本あるから、どちらも正しいんです。あの小さな白い塩の山に、大陸と列島の文化の交差点が詰まっている。なんかすごくないですか?

「二つの意味」を知った上で盛り塩をすると、何かが変わる

私の場合、この話を知ってから盛り塩への向き合い方が少し変わりました。以前は「なんとなく邪気を祓うもの」というイメージだけでやっていたけれど、「良いものを引き寄せる」という意味も込めて置けるようになったんですよね。

うちでは今でも、玄関の盛り塩を定期的に取り替えています。形を整えるときに「ここから良いものが来ますように、悪いものは来ないでね」と、ひとつひとつ気持ちを込めてやるようにしました。惰性でやるより、意味を知った上でやる方が自分自身の気持ちが整う感じがするんですよ。これは完全に私の感覚ですが。

スピリチュアルをどこまで信じるかは、人それぞれでいいと思っています。でも、歴史的な文脈を知った上でやるのと、なんとなくやるのとでは、気持ちの重みが違うんじゃないかな。「なぜやるのか」がわかると、やめる理由が少なくなる気がして。私にとって盛り塩はそういうものになりました。

まとめ:「なんで?」という問いが、歴史の面白さに連れて行ってくれた

盛り塩の歴史をたどったら、神道と中国の「意外な接点」が見えてきた話

盛り塩の起源を調べてわかったのは、「神道と中国のどちらかが正しいルーツ」という話ではないということ。中国には塩を使って良いものを招く習慣があり、日本の神道には塩で場を清める信仰があった。その二つが長い文化交流の中でゆっくりと合流して、今の「盛り塩文化」になった——これが私なりの理解です。

意外な接点でしょ? 「日本独自の文化」だと思っていたものが、実は大陸の知恵との合作だった。でもそれって、考えてみれば素晴らしいことだと思うんですよ。文化って、純粋培養じゃなくて、混ざり合いながら育っていくものだから。神道の清めの心と、中国の招き寄せの知恵が合わさって、あの小さな塩の山になっている——そう思ったら、なんだか愛おしくなりませんか?

「なんとなくやっていること」を掘り下げてみると、思わぬ歴史に出会うことがあります。盛り塩はその典型でした。これからも「なんで?」と思ったら、ぜひ調べてみてください。きっと面白い発見が待っていますよ。