久しぶりに、昔の友人に会ったんです。

彼女、美容系のお仕事をしていて、素敵な旦那さんがいて、かわいい子どもも二人。インスタを開けば手の込んだ料理の写真と、彩り豊かな休日の記録が並んでいます。フォロワーは軽く1万人を超えている。「yuko!元気そうでよかった!相変わらずだね!」なんて、こちらが眩しくなるような笑顔で言ってくれました。

私も笑いながら「そっちこそ!すごく素敵だね」なんて返しながら、心の中ではずっとこう思ってた。「わたし、何もしてないな」って。

帰り道、電車の窓に映る自分の顔を見ながら、急に疲れが押し寄せてきました。喧嘩したわけじゃない。楽しい時間だったはずなのに、帰宅してすぐ布団にもぐって、しばらく出てこれなかったんです。

あ、これって、ずっと比べてたんだな、わたし。

「比べること」が、呼吸みたいに当たり前だった

振り返ってみると、私はずっと比べる人間だったと思います。成績、体型、彼氏の有無、就職先、給料、結婚のタイミング、子どもができる速さまで。気づけば常に誰かと自分を並べて、「足りてる/足りてない」を判定していたんですよね。しかも相手を選ばない。リアルで会う友人だけじゃなく、SNSの向こうにいる見知らぬ誰かとも比べていたし、雑誌の中のモデルとも、テレビに出てくる同世代の起業家とも比べていた。

比べることが、わたしにとっての「普通」だったんです。むしろ比べることで「頑張れてる」と感じていたくらい。「あの子に負けたくない」「もっとちゃんとしなきゃ」「このままじゃいけない」って、それがモチベーションだと信じていました。

でもある時期から、そのモチベーションが「消耗」に変わっていきました。頑張るための燃料じゃなくて、何かにずっと追いかけられてる感じ。走っても走っても、ゴールが見えない。私の場合、それが30代に入ってから特にひどくなっていきました。仕事では「同期はもうマネージャーか」と思い、プライベートでは「同い年で子ども二人いるんだ」と焦り、鏡を見ては「もうちょっとシュッとしたいな」とため息をつく。全部、比べる。全部、足りない。そういう毎日を、ずっとずっと送っていたんです。

「比べるのをやめよう」と決意して、失敗した話

比べることをやめたら、毎日が少し軽くなった

正直に言うと、「比べるのをやめよう」と決意したこと、何度もあります。「もう他の人と比べない!自分は自分!」って本気で思ったこと、数えたらきりがないくらいある。でも、ぜんぜんやめられなかったんですよね。意気込んで3日は「比べてない!私えらい!」って思えても、4日目にはまたSNSを開いて誰かの近況に勝手に採点してる。

しかも、もっとひどかったのは「比べちゃいけないと思ってるのに比べてしまう自分」まで責め始めたことです。比べた上に自己嫌悪まで追加になるわけですよ。二重苦どころか三重苦。これが本当にしんどかったです。

当時の私は、意志力でどうにかしようとしていました。「比べる癖があるから、意識して変えよう」って。でもそれって、ダイエット中に「ケーキのことを考えてはいけない」と頑張るのと同じで、結局ずっとそのことを考えてる状態じゃないですか。「比べちゃダメ」って思うたびに、比べてる自分を確認している。「比べること」そのものと戦おうとしていた。それが失敗の原因だったんだと、今になってわかります。

そもそも、何と戦ってたんだろう?

比べることをやめたら、毎日が少し軽くなった

ある日、仲のいい友人に「yuko、最近元気なさそうだけど何かあった?」と言われて、ぼそっと話したことがあるんです。「なんか、いつも誰かと比べてて疲れてる」って。そうしたら彼女が「比べるって、何と比べてんの?」って聞いてきた。シンプルな質問なんですけど、うまく答えられなかったんですよね。「誰かと…」と言いかけて、「……誰ってわけじゃないか」ってなったんです。

そこでようやく気づいてしまったんです。「私、比べてるんじゃなくて、自分が十分じゃないと感じてるんだ」って。これ、全然違う話なんですよね。比べることは「症状」で、本当の問題は「自分はまだ足りない」という大前提のほうにあった。そっちを疑わずに、比べるという行為だけをやめようとしていたから、ずっとうまくいかなかったんです。目からうろこでした。

誰かと比べなくても、「自分はまだ足りない」という感覚があれば、人は勝手に比較対象を探してしまいます。SNSを開けば、ニュースを見れば、街を歩けば、いくらでも「比較できるもの」は見つかる。世の中、上には上がいるし、違う方向に進んでいる人なんて無限にいるんだから。

でもね…。その「足りない」って感覚、本当に正しかったのかな? と立ち止まったとき、ちょっと景色が変わったんです。私は何かが「足りない」のか。それとも、「足りない」と判断するための基準を、どこかから借りてきていただけじゃないのか。他人の評価軸で自分を測って、勝手に「足りない」と思い込んでいただけじゃないのか、って。誰もそんな基準を押しつけてなんかいないのに、気づいたら自分でその檻に入っていた。そこに気づいてから、少しだけ、力が抜けた気がしました。

比べるのをやめたら、「自分の感覚」が戻ってきた

比べることをやめた、というより「比べていることに気づけるようになった」という感じです。「あ、今また比べてる」ってわかる瞬間が増えてきて、そこで一旦止まって、「で、私は今どうしたいんだっけ?」って自分に聞き直す。大それた修行でも特別なメソッドでもなくて、本当にそれだけなんですよ。でも、地味だけどこれが効きました。

私の場合、「他人のペースで遅れてる」と感じていた部分が、「別に私にはわたしのペースがある」に変わっていく感じがありました。仕事で後輩がどんどん成果を上げているとき、前だったらモヤっとして自分のふがいなさに落ち込んでいたところを、「あの子の得意なことと私の得意なことって、そもそも軸が違うな」って思えるようになってきたんです。うちでは(私の頭の中だけで)、それを「比べない」じゃなくて「別軸にする」と呼んでいます。比べてないんじゃなくて、比べる土俵がそもそも違う、という感覚です。

SNSの使い方も変わりました。前は誰かの投稿を見るたびに勝手に採点していたんです。「いいな」「うらやましいな」「でも私のほうが…」みたいなことをずっとやっていた。今は「へえ、そういう暮らしもあるんだ」くらいの温度感で見られるようになってきました。完全にじゃないですよ。まだ「あ、比べた」ってなることはあります。でも前よりずいぶんマシです。

ちなみに私の場合、こういう感覚になるまでに半年以上かかりました。「比べてしまった」→「でも今それに気づいた」→「じゃあ私が今本当にしたいことは何か」というサイクルを、ひとつずつ積み重ねていった感じです。一気に変わったんじゃなくて、少しずつ、少しずつ。毎日が「少し軽い」って、こういうことなんだと思います。比べることをやめると、エネルギーが「誰かと戦うこと」から「自分の毎日を生きること」に向きはじめる。地味だけど、これが一番大きな変化でした。

「比べない」は逃げじゃない。これが今の私の答え。

比べることをやめたら、毎日が少し軽くなった

「比べないって、向上心を捨てることじゃない?」って思う方もいますよね。私も長い間そう思ってた。比べることで成長してきたし、比べることで「もっとよくなりたい」って思えるんじゃないか、って。刺激を受けること自体は悪じゃない。でも今の私の答えは、「比べることと成長することは、そんなに関係ない」です。

むしろ他の人と比べ続けているときって、「自分が本当に何を望んでいるのか」がどんどんわからなくなっていく感覚がありませんでしたか? 他人の評価軸で自分を測るから、自分の軸がどんどん薄くなっていく。そして最終的に「何のために頑張ってるんだっけ?」ってなる。私の場合、それが一番しんどかったんです。

自分の「好き」「やりたい」「心地よい」をちゃんと感じられる状態のほうが、よっぽど前に進めると思っています。他の誰かより優れていなくても、進んでいなくても、いま自分が生きているこの毎日を「自分のもの」としてちゃんと感じられること。それができれば、毎日が少し軽くなる。それが、今の私の実感です。比べることをやめるのは、逃げじゃないですよ。自分に戻るための、一番まともな選択だと思います。それだけ。