新月のお願いごとを3ヶ月続けたら、書き方より大事なことに気づいた話
新しいノートを買ってきた。ちゃんとした、紙質のいいやつ。ロフトで15分かけて選んだ。それをそっと机の上に置いて、新月の夜に向けて準備した。願いの数は10個まで。ポジティブな言葉で。現在形で書く。「〜になった」「〜している」の形で。全部調べた。全部守った。完璧に、やったんです。
で、3ヶ月後の私が言います。「全然叶う気がしなかった」と。
正確には、叶った願いもあったんです。でも「これ、新月のおかげ?それともただのタイミング?」というモヤモヤは3ヶ月間ずっとついてきました。書き方は完璧なはずなのに。なんで?ってずっと思ってた。そしてある日、気づいたんです。書き方じゃなかった、って。
そもそも「新月のお願いごと」って何をするの?
ご存知の方も多いと思いますが、一応説明しておきますね。新月とは月が地球から見て太陽と同じ方向にある状態のことで、月の満ち欠けのサイクルの始まりにあたります。スピリチュアルの世界では「新しいことを始めるのに最適なタイミング」とされていて、新月の夜に願いごとを紙に書くと叶いやすい、と言われているんです。
このワーク、もともとは占星術師のジャン・スピラーさんが広めたものだと言われています。新月から8時間以内に書くのが理想的という説もあって、より細かく実践している人もいますよね。私が最初に参考にしたのはそういうガイド本でした。「願いは10個以内」「現在形か完了形で書く」「ポジティブな表現で」「手書きで」──こういったルールが書かれていて、当時の私はそれを忠実に守ろうとしたんです。
ちなみに私がこれを始めたきっかけは、友人のMちゃん(スピリチュアル系に詳しいあの子)が「新月に書いたら本当に叶った!」と熱く語ってくれたから。Mちゃん自身が転職と引越しの願いを3ヶ月で実現したと言っていて、「それは単に行動したからじゃ…」と思いながらも、なんとなく気になって始めてみたんです。Mちゃんの影響力、すごいですよ本当に。
1ヶ月目。「完璧な願いごと」を書いた私のこと

最初の新月の夜、私は張り切りました。ロフトで選んだノートを開いて、まず日付を書いて。願いの書き方を調べたメモも横に置いて、ひとつひとつ丁寧に書いていきました。「私は素敵な恋愛をしています」「私の仕事は順調に進んでいます」「私は健康で美しい肌を持っています」……。文章の形を整えて、ポジティブな表現に直して、現在形にして。10個書き終わったときには達成感がありましたよ、本当に。「よし、完璧!」って思ったもん。
でも今思うと、その「達成感」って何だったんだろう、と感じるんですよ。正しいルールを守れた、という達成感。作文が上手くできた、という達成感。願いを「叶えたい」という気持ちより、「正しく書けた」という気持ちの方が大きかったかもしれない。それが、後々になってじわじわと気になってくるんです。
書き終えたノートを閉じて、「あとは宇宙にお任せ!」と思った夜のことを今でも覚えています。ちょっとだけ期待してた。ちょっとだけ、ドキドキしてた。でもその「ちょっとだけ」が、実は問題の始まりだったんです。「欲しい!」という熱量より「正しく書けた!」という安堵が勝ってた、ということに気づくのは、もう少し後のことでした。
「正しい書き方」を調べれば調べるほど、迷宮に入っていった話
ちょっとリサーチ癖のある私、1ヶ月目が終わった頃にまた調べ始めるんです。「新月 お願いごと 書き方 コツ」で検索すると、情報がわんさか出てくるんですよ。「具体的に書く方が叶いやすい」「いや、感情を込めた方が大事」「現在形じゃないと効果ない」「でも完了形で書くべき」「お礼の言葉も添えるといい」「願う前に瞑想すると効果的」……もう情報が多すぎて、どれが正解かわからなくなってきました。
2ヶ月目の新月では、さらにルールを増やしてしまいました。瞑想してから書く。感謝の言葉を最初に書く。願いの前に「ありがとうございます」を付ける。具体的な数字を入れる。プロセスではなく結果を書く。……やることが増えれば増えるほど、なんか「儀式感」が強くなって、書くことが義務みたいになってきたんです。これって、本末転倒ですよね。
そしてこの頃、気づかないうちにある変化が起きていました。「何を願いたいか」より「どう書くか」を考える時間の方が長くなってきたんです。願いごとの内容より、書き方のフォーマットを先に考えるようになっていた。これは今思うと、完全に順番が逆でした。でも当時の私は「もっと正しいやり方があるはずだ」と信じて疑わなかったんですよ。ルールを増やすことが、うまくいかない原因だとは思いもしなかった。
2ヶ月目で感じた、じわじわとした違和感の正体

2ヶ月目の新月を終えた頃、私は正直に思っていました。「なんか…楽しくないな」って。義務みたいになってきた、というのもあるし、書いてる最中に「これ本当に願ってるのか?」って自分に聞きたくなる瞬間があった。
たとえば「私は毎月30万円以上の収入を得ています」って書いてるとき。書いてる私の心の中で「でも現実は…」という声が聞こえてきてしまうんですよ。現在形で書け、というルールに従っているのに、書きながら自分でそれを否定してる。これって、願いごとを書いているんじゃなくて、自分を無理やり騙そうとしているみたいで、なんか苦しくなってきた。
「書いた瞬間に信じられるかどうか」って、実はすごく大事なんじゃないか?そう思い始めたのが、2ヶ月目の後半でした。でもその時はまだ確信が持てなくて、「私の信じる力が足りないのかな」「もっとポジティブ思考を鍛えれば変わるのかな」なんて思ってたりもしました。ルールが悪いんじゃなくて、私の使い方が悪いんだ、と思ってたんです。その考え方自体が、まだズレてたんですよね。
書き方じゃなかった。大前提が、違ってたの。
3ヶ月目に入る少し前のことです。友人のMちゃん(新月ワークを教えてくれたあの子)と久しぶりに話す機会があって、「最近どう?新月のお願いごと続けてる?」と聞いたら、Mちゃんが言ったんです。「ああ、私ね、書き方とか全然気にしてないよ。感情で書いてるだけ。形式とかどうでもよくて、とにかく”これ欲しい!”って気持ちが強い時に書く感じ」って。
……え?
それだけ。ルールとか調べてない。現在形かどうかも気にしてない。「欲しい!」「なりたい!」という感情が高ぶったときに書く。それだけなの?って思ったと同時に、なんかすとんと腑に落ちた感覚があったんですよ。私は3ヶ月間、「正しく書くこと」を頑張っていて、「強く願うこと」を後回しにしていたんじゃないか、って。
書き方の問題じゃなかった。大前提が、違ってたんです。「どう書くか」より「何を、どれだけ強く願っているか」が先にあるべきだった。これに気づいた瞬間、過去2ヶ月間のことが走馬灯みたいに流れていきました(大げさじゃなく、本当にそう感じた)。丁寧にルールを守ってノートを閉じた夜が、何度も頭の中を通り過ぎていった。あれは何だったんだろうって、ちょっとおかしくなりそうでした。
願いの「熱量」について、真剣に考えてみた

Mちゃんとの会話の後、私はずっとこのことを考えていました。「願いの熱量」って何だろう、って。スピリチュアル系の本でよく言われる「エネルギー」とか「波動」とか、ちょっと胡散臭く感じちゃう人もいるかもしれないけど、この「熱量」というものは確かに存在するんじゃないか、と私は思うんです。
たとえば、10代の頃を思い出してみてください。好きなアイドルのライブに絶対行きたいと思ったとき、親を説得したり、バイト代を貯めたり、なんとかしてチケットを手に入れようとしたりしませんでしたか?そのときの「行きたい!」という気持ちって、すごく「熱量」が高い状態ですよね。ルールとかフォーマットとか関係なく、ただ「行きたい」という感情だけがある。誰かに書き方を教わらなくても、その願いはちゃんと「本物の願い」でした。
それに比べて、私が新月ノートに書いていた「私は素敵な恋愛をしています」という一文の「熱量」は、正直低かったかもしれないんです。「できれば素敵な恋愛ができたらいいな」くらいのテンション。本当に「欲しい!」という気持ちがどこかしら薄かった。それって、ルールを守った書き方をしても、結局「弱い願い」にしかなっていなかったんじゃないか、と思うんですよ。
願いの熱量って、書き方では変えられないんです。どんな言葉を選んでも、どんなフォーマットで書いても、「願いの強さ」そのものは書き方では補えない。これが、3ヶ月間で私が気づいた一番大きなことでした。形を整えることと、気持ちを込めることは、全く別のことです。
書いた翌日に願いごとを忘れていた、恥ずかしすぎる話
これ、笑ってほしいんですけど。私、新月に願いごとを書いた翌日とか翌々日に、「あれ、何を書いたっけ?」ってなってたことが何度かあったんです。えー!?ちゃんとノートに書いたのに!ちゃんとルールを守って書いたのに!翌日に内容を覚えてないって、どういうこと!?ってなりましたよ、自分で自分に対して。
でも考えてみたら、当然なんですよね。「正しく書く」ことに集中しすぎていて、「何を願っているか」が心に刻まれていなかった。ノートに書いて、「よし完璧」と思って、終わり。願いごとを日常の中で意識し続けるとか、「あの願い、今どうなってるかな」と振り返るとか、そういうことを全くしていなかったんです。書いた瞬間に「完了」した気になっていた。それが問題でした。
これ、本当に恥ずかしい話なんですけど、1ヶ月目に書いた願いのひとつに「毎日英語を30分勉強する」というものがありました。でも書いてから2日後には忘れてた。当然、英語の勉強もしていない。もう笑っちゃう。「宇宙にお任せ」する前に、自分が行動しないといけないやつだった(笑)。
新月の願いごとって、書いたら終わりじゃないんですよね、当たり前だけど。書いたことを忘れてしまうような願いは、たぶん「本当に強く願っていること」じゃなかったんだと思います。本当に欲しいものって、別に紙に書かなくても、毎日考えちゃうじゃないですか。それくらい強い願いを書くべきだった。それだけのことなんですよ。
3ヶ月目で私がついにやめたこと、そして始めたこと

3ヶ月目に入って、私はやり方を変えました。まず、「正しい書き方」を調べるのをやめました。ルールブックを参照するのをやめました。ノートの横にメモを置くのもやめた。代わりにやったこと──ノートを開く前に、「今、本当に欲しいと思っていることは何か」を先に考えました。感情が動いていることを、感情が動いているまま書く、ということを試してみたんです。
3ヶ月目の新月の夜、私がまず書いたのは「もっと自分の仕事に誇りを持ちたい」という一文でした。現在形じゃないし、「なりたい」という表現だしルール違反なんですよ。でも、そのとき私が一番感じていた「欲しいもの」はそれだったんです。書いた後、なんか胸がじわっとしました。「これだ」って思った。前の2ヶ月間に書いた10個の願いを書き終えた後の「よし完璧」という感覚とは、全く違うものでした。
その日書いた願いは5個だけ。10個も思いつかなかったし、無理に10個にしようとするのもやめました。5個でも、全部「本当に欲しい」と思えるものを書いた。ルール違反だらけの書き方で書いた。でも書き終わった後、ノートを閉じたくなかったんです。もう少しこの気持ちの中にいたかった。前の2ヶ月と、はっきり違う感覚がありました。「作業を終えた達成感」じゃなくて、「自分の気持ちに正直になれた感覚」とでも言うんでしょうか。
叶った願いと叶わなかった願いの、決定的な差
3ヶ月分の願いごとを振り返ってみると、ひとつ面白いことに気づきました。叶っていた願いには共通点があったんです。それは「願いを書いた後も、日常でその願いのことをよく考えていた」ということです。
たとえば「もっと料理が上手くなりたい」と書いた月は、その後もレシピを調べたり、新しい調味料を試したり、料理のことを日常的に考えていました。結果として、その頃から料理の腕が上がって、友人に「最近料理上手くなったね」と言われるようになったんです。これ、新月のパワーなのか、自分の行動の結果なのか、どっちかわからないんだけど(笑)。でも少なくとも、「その願いを書いた後も意識し続けていた」という事実はある。そしてその意識が、自然と行動を引き寄せていた。
逆に、叶わなかった願い(または変化を感じなかった願い)には、「書いた後に忘れていた」「日常でほとんど考えなかった」というパターンが多かったんです。やっぱり書いて終わり、じゃダメなんですよ。書いた後も「この願いは今どこにいるのか」を意識し続けることが大事なんじゃないか、と思うようになりました。
スピリチュアル的な言い方をすると「引き寄せを意識する」ということになるのかもしれないけど、私はもっとシンプルに考えていて。「本当に欲しいものを、欲しい状態でキープし続けること」それだけじゃないかな、って。欲しいと思い続ければ、自然と関連する行動をするし、関連するものに目が行くし、チャンスに気づきやすくなります。そういうことなんじゃないかと、今の私は思っています。
そもそも「何が欲しいか」がわかっていなかった問題

3ヶ月間続けてみて、もうひとつ気づいたことがあります。私、「自分が何を本当に欲しいか」を意外とわかっていなかった、ということです。これ、ちょっとびっくりしました。
新月のたびに「何を願おうかな」と考えるんですよ。そうすると、「恋愛がうまくいくといいな」「お金に余裕が出るといいな」「もっと健康になりたいな」みたいなことが浮かぶ。でも、これって「あったらいいなリスト」であって、「絶対に欲しい、これがなければ困る」というレベルの願いじゃないんですよね。「まあ、あれば嬉しいな」くらいのもの。そのふわふわした気持ちのまま書いた願いは、やっぱり叶いにくかったんだと思います。
本当に強く欲しいものって、じっくり自分と向き合わないとわかってこないことがあります。表面的に浮かぶ「恋愛成就」の奥に、実は「自分に自信を持ちたい」という願いがあったりする。「お金が欲しい」の奥に、「好きな仕事で生きていきたい」という願いがあったりする。新月のお願いごとを書く前に、「これって本当に欲しいの?なんで欲しいの?」と自分に聞いてみることで、本当の願いが見えてくることがあるんです。私が3ヶ月目にそれをやってみたら、願いの数が減りました。10個書けなくなった。でも、書いた願いひとつひとつへの「欲しい度合い」がグッと上がりました。
「宇宙へのオーダーシート」という考え方を、もう一度整理してみた
よく言われる「新月のお願いごとは宇宙へのオーダーシート」という表現、私も好きです。でも3ヶ月間いろいろ試してみて、「オーダーシートの書き方」だけを完璧にしようとしていた自分に気づいたんです。
飲食店で例えると、注文用紙の書き方(ルビの振り方とか、チェックの入れ方とか)を完璧にしようとしていて、「そもそも自分が何を食べたいか」をちゃんと考えていなかった、みたいな感じですよ。書き方がどんなに正確でも、「何を注文したいか」が曖昧なら、出てくるものも曖昧になりますよね。当たり前のことなんですけど、私はその当たり前を3ヶ月間ぐるっと迂回してたんです。
宇宙へのオーダーで大事なのは、「何を、どれだけ強く欲しいか」という気持ちの明確さなんだと思います。書き方はその気持ちを表現するための手段であって、書き方自体に魔法があるわけじゃない。フォーマットを整えることに集中しすぎると、本来大事な「欲しい気持ちの明確さ」が薄まってしまう。ちょっと身も蓋もないことを言いますね。「何が欲しいかはっきりわかっていて、それを強く欲しいと思っているなら、書き方は何でもいい」と私は思っています。現在形じゃなくていい。10個じゃなくていい。熱量さえあれば、言葉はそのあとからついてくる。
新月のお願いごとを続けることで、見えてくるもの

3ヶ月続けてみて思ったのは、新月のお願いごとって「願いを叶えるための儀式」というより、「自分が今何を欲しいと思っているかを定期的に確認する習慣」として機能しているな、ということです。
月に一度、新月のたびに「今、私は何が欲しいか」を考えて書く。それを3ヶ月続けると、「3ヶ月前の自分は何を欲しいと思っていたか」が見えてくるんです。これが、意外と興味深いんですよ。3ヶ月前に書いた願いが、今は全然欲しくなかったり。逆に、最初の頃は書かなかったのに、3ヶ月経って「実はこれが一番欲しかった」ということに気づいたり。自分の欲しいものって、変わっていくんです。季節が変わるように、自分が成長するように、欲しいものも変わる。
それから、3ヶ月分のノートを見返したとき、「自分の願いのパターン」が見えてきました。私の場合、毎月必ず「仕事に関する願い」が上位に入っていた。「恋愛に関する願い」は1ヶ月目には書いていたけど、2ヶ月目、3ヶ月目は自然と書かなくなっていました。書かなくなったのは、恋愛への興味が薄れたというより、仕事への欲求が強まってきたからだと気づいたんです。新月ノートは、そういう自分の変化を記録してくれるものでもありました。日記よりずっと正直に、自分の「今」が刻まれていると思います。
やっぱり新月のお願いごとは続けた方がいい、私がそう思う理由
「書き方より大事なことがある」と気づいた後、私は新月のお願いごとをやめたかというと、やめてないんです。今も続けています。なぜか、って聞かれると、「自分と向き合う時間を強制的に作ってくれるから」という一点に尽きます。
日常って、忙しいですよね。やることが多くて、自分が「今何を欲しいと思っているか」を考える時間なんてないことも多い。でも新月というタイミングが月に一度来ることで、「さて、今の私は何を欲しいと思っているかな?」と立ち止まるきっかけになります。これは、忙しい毎日を送っている人にとって、すごく貴重な時間だと思うんです。
新月のお願いごとを続けていると、「自分の欲しいものを言語化する力」が上がっていくのも感じます。最初の頃は漠然と「幸せになりたい」みたいなことしか書けなかったのが、続けるうちに「具体的に何が欲しいか」を掘り下げられるようになっていった。これって、日常生活にも役立つスキルだと思います。自分が何を求めているかわかっていると、選択が早くなるし、自分にとって必要なものと不必要なものの判断もしやすくなりますよ。スピリチュアル的な効果を信じるかどうかは人それぞれでいいと思うけど、「月に一度、自分が欲しいものを真剣に考えて書き出す習慣」としての価値は、信じる信じないに関係なく、確実にあると私は感じています。
3ヶ月続けた私からのメッセージ──書き方より大事なことを一言で言うなら

新月のお願いごとを始めようとしている人、または「書き方が合ってるのかな」と不安になっている人に伝えたいことがあります。書き方のルール、あんまり気にしなくていいですよ。本当に。現在形じゃなくてもいい。10個じゃなくてもいい。手書きにこだわりすぎなくていい(もちろん手書きが好きならそれで)。新月から8時間以内じゃなくても、翌日でも翌々日でも、気持ちが向いたときに書けばいい。そういう細かいルールに縛られることで、「本当に書きたいこと」を後回しにしてしまうのが一番もったいないんです。
大事なのは、「今の自分が本当に欲しいと思っていることを、正直に書くこと」です。表現がキレイじゃなくてもいい。「〜になりたい」でも「〜が欲しい」でも「〜がイヤだからなんとかしたい」でも、自分の気持ちに正直な言葉が一番強い。そしてそれを書いた後、日常の中でその願いを忘れないでいること。できれば、その願いに向かって小さな一歩を踏み出すこと。
書き方より大事なのは、「本気で欲しいと思っているかどうか」と「書いた後も諦めないでいるかどうか」。これが、3ヶ月間続けた私の答えです。シンプルだけど、シンプルだからこそ大事。それだけ。
