「あなたって、いい女だよね。」

友達にそう言われたのが、確か25歳くらいのことでした。嬉しいような、でもよくわからないような、妙な気持ちになったのを今でも覚えています。「かわいい」でも「美人」でもなく「いい女」。そのあとも何度かそう言われるたびに、私はその言葉の意味をうまく掴めないでいた。

「いい女ってどういう意味なの?」と聞いたら、「なんか…全体的に!」みたいな答えが返ってきたこともあって(笑)。それはそれで謎ですよね。最近になってようやく、自分なりの答えに辿り着いた気がして。今日はそれを正直に書いてみます。

「いい女」の特徴を調べたら、余計わからなくなった話

「いい女 特徴」でWeb検索すると、まあいろんなキーワードが出てきます。「愛嬌がある」「気が利く」「自分を大切にしている」「男性をうまく立てられる」「ミステリアス」「清楚系」「美意識が高い」「包容力がある」……。

ちょっと待って。「愛嬌がある」と「ミステリアス」って、ほぼ反対の意味じゃないですか!?「男性を立てられる」と「自分を大切にしている」も、なかなかの矛盾っぷりだと思う。「包容力がある」と「自分の芯がある」も、どっちかに偏ったら相手がもう一方を求めてくるじゃない?

「いい女」という言葉は便利すぎて、実はあまり何も言っていないのと等しい気がします。理想を全部詰め込んだ夢の単語、みたいな。しかもその「理想」は人によって全然違うから、「いい女」の定義がブレまくっている。まとめると、すごく乱暴な言葉なんですよね、これ。

私の場合は、「いい女になりたい」と漠然と思いながら何をすればいいかわからなくて、とりあえず美容に課金しまくっていた20代がありました。スキンケアに力を入れて、ヘアケアにもお金をかけて、服もちゃんと考えて。でも「いい女になった感」はゼロだった(笑)。一時期は「いい女チェックリスト」みたいなものを自分の中で作っていたこともあります。愛嬌を磨こう、料理を頑張ろう、ミステリアスな雰囲気も出せるようにしよう。でも全部やろうとすると、もはや「いい女を演じている女」になってしまってた。そしてそれは、全然いい女じゃないんですよね(笑)。方向性がそもそも違ったんだと、今はちゃんとわかります。

「男にモテる女」と「いい女」は、全然別の話だった

「いい女」って結局どういう女のことを言うんだろう、ずっと考えてた。

これが私の中の大きな転換点になった考え方なんですが。

「いい女=モテる女」だと思っていた時期が確実にあります。だから「どうすれば男性に好かれるか」を一生懸命考えて、相手の話に合わせて、聞き上手を演じて、「こういう女の子が好きでしょ?」みたいな行動をとってた。ある意味、完全に計算して動いていた。

でもね…。モテはしたんです。ちゃんとモテた。でも「いい女」という感じがしなかった。鏡を見ても、自分のことを「あ、いい女だな」とはまったく思えなかったし、なんか疲れてた。相手に好かれるために自分を調整し続けるのって、じわじわ消耗するんですよね。好かれているのに、全然満たされない、あの感覚。

そこで気づいたんです。「男性の目線に最適化された女」と「いい女」は、必ずしもイコールじゃないって。モテることと「いい女」であることは、全然別の軸の話なんです。モテている人が「いい女」な場合はもちろんあるけど、「モテる=いい女」ではない。この違いに気づいてから、かなり楽になりました。「誰かに評価されること」を目的にするんじゃなくて、「自分が気持ちよく生きること」を目的にする。その方向転換が、たぶん全部の出発点だったと思います。

私が実際に「いい女だな」と感じた人たちの共通点

「いい女」って結局どういう女のことを言うんだろう、ずっと考えてた。

じゃあ具体的にどんな人が「いい女」なのか、という話を自分の体験から書きます。

昔の職場に40代の先輩がいました。仕事ができるし、いつもキレイにしているんだけど、私が一番印象に残っているのは「断り方」の上手さでした。無理なことを頼まれたとき、「今回は難しいです」とはっきり言うんです。でも言い方がぜんぜん嫌じゃない。圧もないし、感じも悪くない。「この人には変な頼み方できないな」じゃなくて、「ちゃんと自分を持っている人だな」という感覚があった。それって相当かっこいいことだと思います。

もうひとり、学生時代からの友人の話。地味な見た目で、派手でもなく、特別な経歴があるわけでもないんだけど、彼女と話すたびに「面白い」と感じるんです。彼女の中に、しっかりした自分の世界がある。好きなもの、こだわっていること、気になっていること。それが言葉の端々に滲み出ていて、一緒にいるといつも発見があります。

逆に言えば、「いい女」と感じた人たちに共通していなかったことも書いておくと、「外見の美しさ」とか「服のセンスの良さ」とか「年齢」は、あんまり関係なかった気がします。かわいい人も、そうでもない人も、若い人も、おばちゃんも、「いい女だな」と感じる人はいる。このふたりに共通するのは、「誰かに合わせているんじゃなくて、自分の中心から話している」ということでした。そのブレのなさが、「いい女」の核心に近い気がするんですよね。

「いい女」は「完璧な女」じゃない。むしろ逆かもしれない。

ここ、すごく大事なポイントだと思っています。

「いい女になろう」として、欠点をゼロにしようとする人っていますよね。苦手なことを全部克服して、できないことは隠して、常に完璧に振る舞う。私の場合は、料理が下手なのも、方向音痴なのも、泣き虫なのも、全部バレないようにしていました。できない自分を見せるのが怖かったから。でも隠せば隠すほど、なんか疲れるし、なんか「いい女」から遠ざかる感じがあったんです。

実際に「いい女だな」と感じる人を見ると、弱いところや失敗を普通に話せる人が多いんですよね。「私、〇〇が本当に苦手で」「あのとき盛大に失敗してさ」って笑いながら話せる人。失敗を恥じないというより、「失敗も含めて私だから」という前提で話せる人。そういう人、すごくかっこいいと思いませんか?

完璧を装うより、自分の凸凹を知っていてそれを受け入れている人のほうが「いい女」に見える。私の場合、「できない自分」を笑い話にできるようになってからのほうが、なぜか周りから「いい女」と言われる頻度が上がったような気がしています(笑)。不思議だけど、そういうことなんだと思う。完璧さよりも、自分に正直でいることのほうが、ずっと強いんですよね。

結局、「いい女」とはこういう女のことだと私は思う。

「いい女」って結局どういう女のことを言うんだろう、ずっと考えてた。

長々と書いてきましたが、私の答えはシンプルです。

「いい女」とは、「自分のことをちゃんと知っていて、それを肯定している女」だと思います。

外見が整っているかどうかより、モテるかどうかより、仕事ができるかどうかより、まず「自分の芯」がある人。何が好きで、何が嫌いで、何が得意で、何が苦手か。それをわかっていて、どれも「これが私だから」と受け入れている人。そして、「自分が心地よくいること」を最優先にしている人です。

誰かに「いい女だね」と言わせるために行動するのではなく、自分が心地よく生きていたら、結果として周りがそれを「いい女」と呼ぶ。そういう順番だと思うんです。「いい女」は目指すものじゃなくて、自分を知っていくうちに気がついたらなっているもの。

「いい女になりたい」と思っている人がいたら、まず自分のことを知ることが先だよ、と私は言いたい。自分が何を好きで、何をしているときに気持ちいいか。何が嫌いで、何を大切にしたいか。それをひとつずつ丁寧に知っていくうちに、気がついたらいつの間にか「いい女」になってる。そういうものだと、私は思っています。それだけ。